2017年2月23日木曜日

なんにもないが、すべてがある





朝起きると
お茶を飲むために
火を起こすことから始まる。

お茶一杯のために
火を焚く。

ドアの修理をするにも
近くの木を切り倒し、製材することから始まる。

釘が無いというので
何キロも先の村まで
歩いて買いに行った。
釘を買うだけで1日がかり。

ひとつのことをするのに
時間がかかるのが当たり前の世界

ここでは
せっかちさんは生きていけない。

ヒマラヤ次元の
世界があるのだ。


私は、
日本では
屋久島という島に
住んでいる。

こんな小さな島でさえ
車で走れば工具屋もあるし
島に無くても
インターネットですぐ買える。

便利な世の中だ。


でも、
「便利」と言ったが
ここに居ると何が便利なのか
本当の便利とは何なのか
よく考えさせられる。


日本でいう「不便」が
ここにくると、
それは普通の状態になるからだ。

そして
それが毎日の日常になっていく。


日本の生活も
不便という状況も
おもしろいように
忘れていく。


しかし
また反対に

日本では
ヒマラヤの搾りたてのバッファローミルクも飲めず

















ヒマラヤ育ちの採れたての野菜も豆も食べられず

















このヒマラヤの、
高く、透き通ったエネルギーを
感じることも出来ない

















そしてこの広大な
ヒマラヤ!!

日本のようにガチガチなルールも規則も存在せず
すべてが可能だとすら感じる。


私はそれに
心が震えるほど
悦びを感じる。





日本の便利、不便
ヒマラヤの便利、不便

どちらも経験して
そして
どちらをやりたいか選べて
それこそが便利だ!

そう思う。


そして私は
両方をやりたい。

日本では大好きな屋久島に住み
そしてこの
歩くムラにも
住みたいだけ住みたい。

意識の合う仲間たちと。


それは
私にとって、最幸の贅沢だ。